共働きって平等じゃないと感じるのはなぜ?私がしんどかった本当の理由

こんにちは。

このブログを書いている、みさきです。

夫と4歳の息子、1歳の娘と暮らしながら、

私は時短勤務で働いています。

今日は、

「共働きって全然平等じゃない気がする」

このモヤモヤについて書きたいと思います。

夫も働いている。

私も働いている。

一応、どちらも仕事はしている。

それなのに、なぜか私の家事負担が多い。

正直、しんどい。

そう感じています。

最初は気にならなかったんです。

2人目の出産→育休があって

専業主婦として

家事・育児に集中できていたからか

家にいる時間が長かったので

のんびり家事もできたし・・・・

そこまで不満に感じていなかった。

でも、育休を終えて

仕事に復帰。

時短勤務とはいえ、仕事に行く。

=その分、ゆっくり家事はできない。

平日の夕方からは

  • 夕飯作り
  • 洗濯物の取り入れ
  • お風呂の用意+お風呂に入れる
  • 保育園の書類チェック

などなど

毎日、ずっと何かに追われているような

やることが山積みで

この感覚、同じ立場の人ならきっとわかってくれるかと思います!

「共働きなんだから、仕方ないんじゃない?」

そう言われたら、確かにそうなのかもしれない。

でも実際に毎日

  • 家事
  • 育児
  • 仕事

を回している感覚としては、

どう考えても、夫とは平等じゃない。

その違和感に気づいてしまって

最近、何だかずっとモヤモヤしているので気持ちの整理も含めて

書いていきたいです!

共働きが平等じゃないと感じるのは、気のせいじゃなかった

昔の私はよく思っていました。

「共働きって平等じゃないよね…」

「私の考えすぎかな」

「要領が悪いだけなのかな」

「もっと上手にやっている人もいるし」

SNSを見ると、共働きでもうまく回している家庭がたくさんあるように見える。

だから余計に、

「しんどいって思う私がダメなのかも」

そんなふうに自分の気持ちを打ち消していました。

でも今は、これは単なる気のせいではなかったと思っています。

なぜなら、共働きでも

見えない家事や育児の責任が、母親側に偏りやすい構造があるからです。

頭の中で「家庭の段取り」を回しているのは誰?

例えば、仕事が終わったあと。

  • 保育園にお迎えに行く。
  • 子どもの機嫌を見る。
  • 帰ってから夕飯をどうするか考える。
  • 冷蔵庫の中身を思い出す。
  • 足りないものがあればスーパーに寄るか悩む。

こんなにも考えなければいけないことがあります。

そして、帰宅したら

  • 夕飯
  • お風呂
  • 寝かしつけ

そこまでノンストップ。

この一連の流れを、頭の中で組み立てて

実際にやっていく。

そのほとんどがお母さん(私)の役割なのです。

常に誰かに頼まれたわけでもないのに、

「次はこれをやらないと」

「このままだと夕飯が遅くなる」

「明日の保育園の準備どうしよう」

そんなことを常に考えている。

家の中の「司令塔」みたいな役割を、いつの間にか私が引き受けていたんです。

本当に不平等だったのは「作業量」より「責任」

前の私は、

「夫がもっと料理してくれたらいいのに」

「もっと家事を手伝ってくれたらいいのに」

そう思っていました。

もちろん、それもあります。

でも後から振り返ると、本当にしんどかったのはそれだけじゃありませんでした。

一番つらかったのは、

「私だけが、この家の夕方を成立させなきゃいけない」

というプレッシャー。

例えば夕飯。

もし私が作らなかったら、その日はごはんが出ない。

子どもがお腹を空かせる。

そう思うと、どんなに疲れていてもキッチンに立つしかない。

この感覚が、ずっと重かった。

量の問題というより、

責任を背負う側がずっと固定されていること

それが、共働きなのに平等じゃないと感じる理由だったんだと思います。

大袈裟に言うと

私がやらなければ、家庭崩壊

そういう恐怖心のプレッシャーが

どれだけ疲れててもお母さんを動かす原動力になっている。

この重圧がとてもストレスなのです。

休日になると、平等じゃなさがもっとハッキリする

平日はまだ仕事があります。

外に出て、大人と話して、一応区切りがある。

でも休日になると、このズレがはっきり見えてきます。

夫にとっての休日は、

  • 仕事の疲れを取る日
  • ゆっくり寝る日
  • 体を休ませる日

私にとっての休日は、

  • 平日できなかった家事を回す日
  • 子どもと全力で向き合う日
  • むしろ体力勝負の日

4歳と1歳がいる家庭では、休日でも6時台に起きることがほとんどです。

朝から夜まで、気づけばずっと動いている。

そんな中で夫に言われたことがあります。

「休日くらい寝かせてよ」

そのとき、心の中でこう思いました。

「私の休日は、どこにあるの?」

この時、本当に夫のことを

「なんだ?このおっさんは?」

と見下してしまいました。

本当はそんなこと、思っちゃいけないのに

夫の一挙手一投足にイラッとしてしまうようになったのです。

(本当はお互いリスペクトし合える夫婦が理想なのに…ってこれまた落ち込むんです!)

共働きで平等じゃない家庭にありがちなこと

振り返ると、私の家庭にもいくつか特徴がありました。

最初にやった方が、そのまま担当になる

夕飯作り。

保育園の準備。

小児科の予約。

最初はただ自然に、私がやっていただけでした。

でもいつの間にか、

「これは私の担当」

みたいな空気ができていた。

まぁ、そもそも夫に頼むより自分でやった方が早い

そう考えてしまって夫に頼らず、自分でこなしてしまう。

だから後々も夫に頼めない・頼れない。

これ、真面目な人ほどハマります。

  • 子どもの好みを知っているのは私。
  • 栄養バランスも気になる。
  • 失敗したくない。

そう思うと、任せるより自分でやった方が早い。

でもその結果、全部自分で抱えることになる。

「言わなくても分かってほしい」が積もる

夫は悪い人じゃない。

頼めばやってくれる。

でも、毎回こちらから言わないと動かない。

そのたびに、

「同じ温度でこの大変さを感じてほしい」

そんな気持ちが溜まっていきました。

平等=50:50じゃないと気づいて、少しラクになった

実は、今でも私は

「なんで私ばっかり」と

子供みたいに思うことがあります。

全然、大人になれてないです。笑

ただ、少しラクになったのは、

平等って、全部を50:50にすることじゃない

と考えるようになったから。

例えば、

料理を夫がしないなら

料理以外の役割を持ってもらう。

夕飯を毎日完璧に作るのをやめて

レトルトやお惣菜、宅配おかずも使う。

そうやって、

家庭を回す方法そのものを変える

ようにしました。

ちゃんとしたごはんより、穏やかな夜

以前の私は、

  • 手作りしなきゃ
  • ちゃんとしたごはんを出さなきゃ
  • 手抜きはダメ

そう思い込んでいました。

でもある日気づきました。

レトルトを使った日の方が、

  • 子どもを急かさずに済んで
  • 笑顔で返事ができて
  • 家の空気が穏やかだった。

そのとき思ったんです。

ちゃんとしたごはんって、中身だけの話じゃないのかもしれない。

共働きで平等じゃないと感じたとき、私がやめたこと

ここからは、私が少しラクになるためにやめたことです。

我慢して、無理して家事をこなす。

その時、心の中で

「私が我慢すれば回る」

そう思っていました。

でもそれって、一見うまくいっているようで

実は全然よくない。

いつか必ず、

  • イライラ
  • 無気力
  • 大喧嘩

別の形で噴き出します。

平日フルで働いて、

子どもが小さくて、

夕方は戦場みたいな状態。

そんな中で毎日100点を取ろうとする

完璧な母親を目指すことの方が無理でした。

「平等に見せること」にこだわること

外から見てバランスがいいかどうかより、

自分が潰れないことの方が大事

家庭の正解って、

他人から見てきれいかどうかじゃなくて自分たちが回るかどうかなんですよね。

まとめ|共働きで平等じゃないと感じるのは、弱さじゃない

共働きなのに平等じゃない。

そう感じるときって、すごくしんどいです。

「夫も働いているし」

「私だけが大変なわけじゃないし」

そうやって自分の気持ちを打ち消そうとして、

さらに苦しくなることもあります。

でも、

平等じゃないと感じるのは

わがままだからでも

要領が悪いからでもありません。

見えない段取り

気づかれにくい責任

頭の中でずっと家を回している感覚

そこに偏りがあれば、しんどくて当然です。

私もまだ、理想みたいにはできていません。

それでも少しずつ、

  • 全部を背負わない
  • 完璧をやめる
  • 怒らずに食卓が回ればOKと思う

そうやって自分を守る方向に考え方を変えてきました。

共働きの平等って、

家事や責任をきれいに分担することじゃない。

どちらか一方だけが

ずっと無理をしなくて済む状態に近づけること。

楽な考え方を手に入れて家事を回すこと!

これが一番、大事だなぁ〜と

今の私は、そう思っています。