仕事が終わって、急いで保育園へお迎えに行く。
時計を見ながら「間に合うかな」と焦りつつ、頭の片隅ではもう夕飯のことを考えている自分がいました。
帰宅した瞬間から、子どもはぐずり始めて、
「お腹すいた」「抱っこして」「眠い」が一気に押し寄せる。
その横で、私はカバンを置く間もなくエプロンをつけて、
頭の中ではずっと
「早く夕飯作らなきゃ」
という声が鳴り止まない。
包丁を握りながら、ぼーっとしたまま野菜を切っていると、
ふと正直な気持ちが浮かんできました。
「自炊、しんどい…」
その瞬間、なぜか罪悪感が一気に押し寄せてきて、
「ちゃんとやれてないな」
「私、母親として失格なんじゃないかな」
そんなふうに、自分を責める気持ちが止まらなくなっていました。
でも今なら、はっきり言えます。
自炊がしんどいのは、私が弱いからじゃありませんでした。
自炊が苦しくなる共働き家庭の共通点
私自身、共働きで小学生未満の子どもを育てる中で、
「そりゃ自炊がつらくなるよね」
と思う条件が、毎日きれいにそろっていました。
- 夕方はほぼワンオペ状態
- 子どもは空腹と眠気で限界ギリギリ
- 私自身は仕事と家事で完全にエネルギー切れ
それでも「ちゃんとした夕飯を作らなきゃ」と思い込んでいる
特に、真面目で責任感が強い人ほど、私もそうでしたが、
「自炊=親の役目」
「手作り=愛情」
そんな思い込みを、なかなか手放せません。
疲れていても、余裕がなくても、
「やらなきゃ」「頑張らなきゃ」と自分を追い込んでしまう。
その結果、一日の中でいちばんつらい時間が夕飯になっていたんです。
自炊がしんどい毎日を変えた、5つの考え方
ここからは、
私が「自炊を頑張る」のをやめて、
夕飯のストレスが少しずつ軽くなっていった考え方を紹介します。
①自炊は「毎日やるもの」という前提を捨てる
以前の私は、
自炊=毎日やるのが当たり前
だと思い込んでいました。
でも、この前提があるだけで、
夕方になると心がどんどん重くなるんですよね。
今は、こう割り切っています。
- 週に2日はスーパーのお惣菜や宅配おかず
- 本当に疲れている日は宅配おかず確定
- これは「怠けているわけじゃない」としっかり自分に言い聞かせること。
生活をちゃんと回すための選択です。
②夕飯は「栄養」より「空気」を優先
完璧な栄養バランスよりも、
私が大事にしたほうがよかったのは、実はこっちでした。
家に帰ってから〜夕飯が終わるまで
- 怒らずにいられた
- 子どもと少し会話できた
- 食卓がピリピリしなかった
この時間のほうが、子どもにとってはずっと安心できるんですよね。
一汁三菜じゃなくていい。
品数が少なくても、
手作りじゃなくて、
家族が笑顔で一緒に食べられた
それだけで十分だったと、今は思えるようになりました!
③「作らない=サボり」という思考をやめる
作らない日があると、以前の私はすぐに
「また手抜きした」
と思っていました。
でも冷静に考えると、
私は
- 朝から仕事をして
- 保育園に迎えに行って
- 家を回している
- その上で「今日は作らない」と判断している。
それって、怠けじゃなくて、
ちゃんと状況を見て決めている証拠なんですよね。
④平日の夕飯に期待値を持たない
平日の夕飯は、イベントじゃありません。
- 見た目
- 品数
- レパートリー
全部、最低限でいい。
「空腹を満たすためのいつものごはん」
「家族が笑顔で食卓を囲む時間」
それくらいの位置づけで、ちょうどよかったんです。
⑤自炊ができた日は「できた日」としてカウントする
以前は、
- 今日は作れなかった
- またちゃんとできなかった
そんなふうに、できなかったことばかり数えていました。
今は違います。
- 今日は作れた
- 今日は温めただけ
- 今日は買ってきた
全部、ちゃんと回せた日。
自炊を評価対象にしないだけで、
本当に驚くほど心が軽くなりました。
まとめ|夕飯は、頑張る場所じゃなくていい
自炊がしんどいと感じるのは、
怠けているからでも、能力が足りないからでもありません。
むしろ、ここまでずっと頑張ってきた証拠です。
夕飯は、家族への愛情を証明する場でも、
自分の価値を測る場でもありません。
「今日という一日を終わらせるための手段」
それで十分。
「きちんとしなきゃ」という辛い日々を乗り越えて
ようやくこの考え方に辿り着けました!
頑張りすぎなくていい。
自炊は、お母さんを苦しめるためにあるものじゃない!
今はそう思えて平日の夕方、気が楽になりました!





