こんにちは。
このブログを書いている、みさきです。
夫と4歳の息子、1歳の娘と暮らしながら、
事務職の時短勤務で働いています。
毎日、保育園のお迎えから夕飯、お風呂、寝かしつけまで、
夕方から夜はだいたいバタバタです。
最近、共働きについていろいろ調べていた時に、
Yahoo!知恵袋でこんな投稿を見かけました。
「妻が過労だと言って倒れました。共働きのタイムスケジュールです。妻は過労なのでしょうか?」
そこには、
朝5時に起きて洗濯、弁当作り、子どもの準備をして出勤し、
仕事が終わったあとも学童のお迎え、夕飯作り、お風呂、食器洗い、宿題チェック、学校のプリント整理、洗濯物たたみ、寝かしつけまで、
ほぼノンストップで動いている奥さんの一日が細かく書かれていました。
正直に言うと、読んでいてゾッとしました。
え、これ……
休む時間、どこ?
自由時間、どこ?
座る時間すら、なくない?
そう思いました。
そのあと回答も読んだんですが、やっぱり多くの人が
- 「常に動いていて、休める時間がない」
- 「こんなの続くわけがない」
- 「役割交代してみればいい」
- 「奥さんに家事育児を丸投げしすぎ」
という反応でした。
それを読んで、私は一瞬こう思ってしまったんです。
- 「私はまだ、ここまでじゃないかも」
- 「私の方が、まだマシかも」
って。
でも、そのあとすぐに思いました。
いやいや、待って。
その考え方、危なくない?
今日はそのことを書きます。
共働きで妻が倒れた話を読んで、最初に感じたこと
あのタイムスケジュールを読んだとき、
一番強く思ったのは、
「この奥さんが弱いんじゃない。普通に限界を超えてる」
ということでした。
朝5時に起きて、
自分の支度だけじゃなく、
家族の食事、洗濯、子どもの準備までやって、
仕事に行って、
帰宅後もまた家事と育児が続く。
それも、ひとつひとつが重い。
- 夕飯を作る。
- 子どもをお風呂に入れる。
- 宿題を見る。
- 学校のプリントを確認する。
- 洗濯物をたたむ。
- 寝かしつける。
しかも、その間ずっと
- 「次はあれしなきゃ」
- 「これもまだ終わってない」
って頭も動き続けている。
体だけじゃなく、脳みそもずっと働かされている状態ですよね。
倒れた、という結果だけ見ると大ごとに見えるけど、
むしろ倒れる前までよく持ってたな……
と私は思いました。
頑張りが足りなかったんじゃない。
弱かったんじゃない。
ただ、単純にやることが多すぎた。
それだけだと思いました。
「私はまだマシかも」と思った自分がいた
ここからが、今日いちばん書きたいことです。
あの投稿を読んだあと、
私は少しだけ
- 「うちは、まだここまでじゃない」
- 「私はまだ恵まれている方かもしれない」
と思ってしまいました。
夫が最近は少しずつ名もなき家事をやってくれるようになったこと。
全部が全部、私一人にのしかかっているわけではないこと。
そういうのを思い出して、
なんとなく
「私はまだ大丈夫」
みたいに感じたんです。
でも、それって本当に
「大丈夫のサイン」なんでしょうか。
私は、たぶん違うと思いました。
だって比較対象が
「過労で倒れた奥さん」
になっている時点で、もう感覚がおかしくなってるからです。
本来なら、
- 「今日も疲れた」
- 「しんどい」
- 「休みたい」
それだけで十分、立ち止まる理由になるはずなのに、
- もっと大変な人
- もっと追い詰められている人
- もっと悲惨な家庭
を見て、
「そこまでじゃないから私は平気」
って思い込む。
これ、すごく危ないなと思いました。
自分よりしんどい人を見て安心するのは、限界を見誤る原因になる
共働きで子どもが小さいと、
感覚がどんどん麻痺していく気がします。
- 毎日バタバタなのが普通。
- 寝不足なのも普通。
- 自分の時間がないのも普通。
- 夕方にイライラするのも普通。
そうやって、しんどい状態が日常になる。
すると今度は、
- 「でも、もっと大変な人もいるし」
- 「私はまだ倒れてないし」
- 「ちゃんと回せてるし」
って、自分を納得させ始める。
でも実際には、
回せているんじゃなくて、
気合いで無理やり回しているだけかもしれない。
笑えているんじゃなくて、
本音を後回しにしているだけかもしれない。
家族が生活できているからセーフ、ではないんですよね。
その裏で、
- ずっと気が張っている
- 夜になるとどっと疲れる
- すぐイライラする
- 子どもに優しくできない日がある
- 寝る前に自己嫌悪する
こういうことが増えているなら、
それはもう十分、黄色信号だと思います。
私は前まで、
「倒れてないならまだ平気」
みたいに考えていたところがありました。
でも本当は、
倒れる前の段階でしんどさはちゃんと始まっている。
そのサインを見逃してしまうのが、一番怖いんだと思います。
倒れるまで頑張らないと「しんどい」と言えない空気がつらい
これも、すごく思います。
共働きの母親って、
なぜか倒れるレベルまでいかないと「つらい」と認めてもらえない空気、ありませんか。
- 熱が出た。
- 倒れた。
- 涙が止まらない。
- 起き上がれない。
そこまでいって初めて、
「大丈夫?」
「無理してたんだね」
ってなる。
でも本当は、その前の段階で気づかなきゃいけないはずです。
- 毎日、夕方になると心がざわざわする
- 家に着く前から「これから夜が始まる」と思ってしんどい
- 夫に悪気がなくてもイラッとする
- 休みの日も休んだ気がしない
- 一人になりたいと思う
これって、十分つらいです。
十分、助けが必要な状態です。
なのに、
- 「倒れてないし」
- 「まだ家事できてるし」
- 「子どもにご飯あげられてるし」
って、自分で自分の苦しさを却下してしまう。
私もその癖、かなりあります。
真面目な人ほど、やりがちだと思います。
頑張れるうちは頑張ってしまう。
やれてしまうから、余計に見過ごされる。
でも、
やれていることと、余裕があることは全然別なんですよね。
あの奥さんが特別しんどいんじゃない。延長線上に私たちもいる
知恵袋の奥さんの生活は、たしかにかなり極端でした。
旦那さんの自由時間が多すぎる。
奥さん側に負担が偏りすぎている。
あれは、かなり酷い。
でも、だからといって
- 「あれは特殊な例」
- 「うちは違う」
で終わらせるのも違う気がしています。
なぜなら、共働きで妻側が
- 朝の準備を主に担う
- 子どもの持ち物を把握する
- 保育園や学校関係の連絡を読む
- 夕飯の段取りを考える
- 寝かしつけまで責任を持つ
みたいな状態って、
程度の差こそあれ、かなり多いと思うからです。
つまり、あの奥さんだけが特別なわけじゃない。
私たちも、気づかないうちに
その延長線上に立っている可能性がある。
そこが怖いです。
「まだ倒れてないから大丈夫」じゃなくて、
「倒れる前に見直さなきゃ」が正しいんだと思います。
「私はまだ頑張れる」と思った時ほど危ない
なんか、こういうのってありますよね。
昨日よりしんどい。
最近ずっと疲れてる。
でも、もっと大変な人もいる。
だから
私はまだ頑張れる。
まだ甘えちゃダメ。
もうちょいできる。
この思考。
昔の私は、これを美徳みたいに思っていました。
でも今は違います。
「まだ頑張れる」は、危険な合図かもしれない。
本当に余裕がある人は、
「まだ頑張れる」なんて自分に言い聞かせなくても回るんですよね。
わざわざ気合いを入れないと続けられない時点で、
もうかなり無理してる。
しかもその「頑張り」って、
自分だけで抱え込んで成立していることが多い。
その状態が続くと、
- イライラ
- 無気力
- 自己嫌悪
- 夫婦喧嘩
- 子どもへのきつい言い方
みたいな形で、あとから絶対に出てくる。
だから私は、
「まだ頑張れる」と思った時こそ、
何か減らせないか考えた方がいいんじゃないかと思うようになりました。
共働きの妻が倒れる前に、減らしていいもの
じゃあどうすればいいのか。
理想論じゃなく、現実的に言うと、
まずは自分が当然のように抱えているものを減らすことだと思います。
1. 夕飯を毎日ちゃんと作るのをやめる
レトルト、惣菜、宅配おかず、冷凍食品。
使っていいです。
というか、
使った方がいい日もあります。
夕飯を手作りしたことで子どもにキツく当たるなら、
その日の手料理は安いものじゃなかった、と思います。
私は実際、レトルトにした日の方が
家の空気が穏やかだったことが何度もありました。
ちゃんとしたごはんって、
料理の手間だけじゃなくて、
食卓の空気まで含めての話なんだなと感じています。
2. 夫に「手伝って」ではなく「担当」を渡す
ゴミ捨てだけ、みたいな「おまけ家事」ではなくて、
- お風呂
- 寝かしつけ
- 洗濯物たたみ
- 翌日の保育園準備
みたいに、責任のあるタスクを渡す。
「気づいた方がやる」だと、
だいたい妻が気づくので。
だからこそ、
「手伝ってもらう」じゃなくて、
最初から役割として持ってもらう方が気持ちもラクです。
3. 平日の買い物を減らす
仕事終わり、お迎え後のスーパーって、
本当にしんどいです。
ネットスーパーでも、宅配でも、週末まとめ買いでもいい。
とにかく
夕方の自分にこれ以上タスクを足さない。
これだけでも、かなり違います。
私は以前、
保育園帰りにスーパーへ寄るだけで
「この世の最も嫌なこと」
って感じている時がありました。
だから今は、
買い物に行かない工夫そのものが
心を守る方法だと思っています。
4. 「私はまだマシ」を禁止する
これ、精神論みたいですが結構大事です。
もっと大変な人を見て安心するのをやめる。
比べるなら他人じゃなくて、昨日の自分。
- 「最近、疲れてない?」
- 「前より笑えてる?」
- 「夜になると苦しくなってない?」
こっちを基準にした方がいい。
人と比べて大丈夫かどうかじゃなくて、
自分の中で余裕が減っていないかを見る方が、ずっと正確だと思います。
しんどいのに頑張り続けるのは、美談じゃない
私は今回、あの知恵袋の投稿を読んで思いました。
しんどいのに頑張ることって、
昔は「偉いこと」みたいに見えたけど、
子どもが小さい共働き家庭では、
それを続けることが必ずしも正義じゃない。
むしろ、
- 限界を認める
- 助けを使う
- 手を抜く
- 役割を減らす
- ちゃんと休む
こっちの方が、家族のためだったりする。
頑張り屋の人って、
「私がやれば回るし」
でなんとかしちゃうんですよね。
でも、それで回っているように見えても、
実際には母親だけが削れているだけ、
ということも本当に多い。
それって、全然健全じゃない。
倒れるまでやる必要なんて、ないです。
倒れてから気づくんじゃなくて、倒れる前に減らす。
その方が、たぶんずっと優しいし、現実的です。
まとめ|共働きで妻が倒れた話は、他人事じゃない
Yahoo!知恵袋で見かけた
「妻が過労だと言って倒れました」という投稿。
最初は
「これは大変すぎる」
「うちはまだここまでじゃない」
と思いました。
でも、そこで終わっちゃいけないとも思いました。
自分よりしんどい人を見て
- 「私はまだマシ」
- 「まだ頑張れる」
と思うのは、
自分の限界を見誤る原因になるからです。
本当に危ないのは、
倒れることそのものより、
倒れるまで
まだ大丈夫
と思い込んでしまうことかもしれません。
共働きで、子どもが小さくて、
毎日なんとか回しているお母さんは、どんな感じなのか
コメントで教えて欲しいです!
もし最近、
- ずっと疲れている
- イライラしやすい
- 休んだ気がしない
- 他人と比べて「私はまだ平気」と思ってしまう
そんな状態なら、それは甘えじゃないです。
私たち、十分しんどいです。
十分、見直していい状態です。
私も、もっと大変な人を見て安心するんじゃなくて、
自分の「もうしんどい」をちゃんと認めたい。
倒れる前に。
子どもにきつく当たって自己嫌悪する前に。
家庭の空気が悪くなってしまう前に。
「まだ頑張れる」じゃなくて、「もう減らしていいかも」
そう考える方が、たぶんずっと健全なんだと思いました。
無理しないようにお母さんやっていこうと誓いました。





