こんにちは。
このブログを書いている
みさき(35歳) です。
K県の郊外で、
4歳と1歳の子どもを育てながら、時短勤務で働いています。
今日は、
「共働きで夕飯を作りたくない」
この気持ちについて、正直に書きます。
私は少し前まで
- 夕方になるとため息が出る
- 「夕飯作りたくない…」と声に出てしまう
- そのあと必ず自己嫌悪になる
そんな状態でした。
下の子が1歳になって保育園に入って
仕事に復帰した時から
ずっとそんな日々を過ごしてましたが
少し「夕飯」に関する考え方を改め
今はかなり精神的にラクになりました。
「共働きで夕飯を作りたくない」
そう思いつつも
「ちゃんとしなきゃ」
精神的な板挟みに苦しんでいるお母さんに読んでもらえると嬉しいです。
夕方16時、なぜか心がざわざわし始める
仕事は終わったはずなのに、
保育園にお迎えに行く頃から、心が落ち着かない。
- 子どもはお腹すいた
- 下の子は抱っこ
- 上の子は話を聞いてほしい
- 夫はまだ帰らない
帰宅して冷蔵庫を開けた瞬間、
何度も頭をよぎるこの言葉。
「夕飯、作りたくない」
でもすぐに打ち消します。
「そんなこと思っちゃダメ」
「共働きでも、みんなやってる」
「ちゃんとしなきゃ」
この心の中のやりとり、
毎日のように繰り返していました。
「夕飯作りたくない」と思うほど、あなたはもう限界
今にして思うと
「夕飯、作りたくない」
家事・育児・仕事
この3つをこなしているママって
そういうこと考えて普通だと思うんです。
毎日、実際、
- 朝から洗濯物・朝ごはん作った
- 保育園に子供を送った
- そこから仕事に行った
- 時間に追われながらお迎えに行った
- 子どもの安全と機嫌に気を配った
- 荷物を持って帰ってきた
これだけで、
体も頭もフル稼働しています。
それなのに、
「さあ、ここからもう一仕事!」
夕飯作りに気持ちを切り替えられない自分を、
「不器用なお母さん」
「みんなができているのに、なぜ私はできないんだろう」
と責めていませんか?
それは、
怠けているわけじゃありません。
ただ、もうエネルギーが残っていないだけなんです。
「作りたくない」は、母親失格のサインじゃない
私もずっと思っていました。
- 夕飯をちゃんと作れない=ダメな母
- 手抜き=愛情不足
- 作りたくないと思う自分=失格
でもある時、ふと気づいたんです。
「夕飯を作りたくない」って、
ただの「疲れてるサイン」じゃない?
体が疲れたら休みたいと思う。
心が疲れたら、やりたくなくなる。
それって、
すごく自然なことですよね。
みんなやってるように見えるだけ
SNSを見ると、
- 手作りごはん
- 彩りのいい食卓
- 余裕のありそうなママ
正直、落ち込みます。
でも冷静に考えると、
みんな毎日、投稿してるわけじゃない。
きっと疲れて手抜きした夕飯はSNSに載せてない。
そう捉えるようになり
夕飯を
- 泣きそうになりながら作る日
- レトルトに罪悪感を感じる日
- ため息つきながら料理する日
それを、
「自分だけダメなんだ」と思わなくていい。
きっとみんな見えないとこでやっている。
そう思うようになりました。
子どもにとって大事なのは「ちゃんとしたごはん」より…
あと、夕飯を焦って作った日
無理して一生懸命作った日に限って、
気持ちがイライラして
- 「早く食べて!」
- 「こぼさないで!」
- 「もうお風呂!」
そんな声掛けばかりになっていませんか。
逆に、
手抜きした日のほうが、
私が罪悪感を感じて
子供が余計なことをしても
- 会話が増えた
- 子どもが笑っていた
- 自分も少し楽だった
そんな経験、あるはずです。
子どもが覚えているのは、
献立の内容より、その時間の空気。
夕飯は、毎日のこと。特別じゃない
夕飯は、
母親としての評価の場でも
頑張りを証明する試験でも
ありません。
ただ、
今日をいつもと変わらない
平穏に終える
- 子どもをお腹いっぱいにする
- あなたが壊れない
そのための生活の一部です。
まとめ|作りたくない日は、あなたが弱い日じゃない
もし今日、
「夕飯、作りたくない…」
と思っているなら。
それはあなたが、
頑張っていないからじゃなく
愛情が足りないからでもなく
毎日ちゃんとやってきた証拠。
夕方〜夜を、
怒鳴らず、泣かず、
普通に終えられたら、それで合格です。
また心が重くなったら、
この言葉を思い出してください。
作りたくない日は、休んでいい日。
このブログが、
今日のあなたの肩の力を
少しでも抜けさせられたら嬉しいです。





